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イコンの道とは ビザンチンの残照を訪ねて、地中海から北海への道をたどって ヨ−ロッパ、ロシアの美術の源をたずねると、中世キリスト教美術にあることはすでに知られている。それを更にさかのぼると、イタリア、フランス、スペイン、ドイツその他のヨ−ロッパの国々そしてロシアで発展した中世絵画の画像の原点は、ビザンチン(東ロ−マ帝国AD330 ~ 1453年)の文化遺産であるイコンにたどりつくのである。
イコンは奇跡的な起源をもつ聖なる画像として発生し、神秘的なお護りとしての効力を持つために、その原型をできる限り忠実に写すことが教会から要求され、時代や地域の差はあっても基本的には図像を勝手にかえることのできない性格のものであった。 今日もなおイコンが、キリスト教側から見ての異教徒または無神論者をも含めて、見る人の心をつよく打つのは、まず何といっても、イコンの中にキリスト教の宗教理論、心霊的存在を心眼に映し、神秘的な内面の美を純粋に象徴的に凝縮して描こうとした画家たちのその人間技としての極限までの内面的追求の結晶を、そこに感じるからではないだろうか。 私は東方教会において崇敬されている聖像画すなわちイコンの伝播と変遷をギリシャのアトス山をはじめ、エジプトのシナイ山、聖都.コンスタンチノープル、ブルガリア.リラの僧院、ル−マニア.スチャ−バの教会堂壁画、モスクワの北方に点在する黄金の環などの地に訪ね、そこに今なお信仰している人々の生の姿とそれぞれの美術館のコレクション、営々と息ずく寺院などをヴィジュアルにとらえ、イコンがたどった足跡を探ったものである。そして、地中海に生まれてバルカン半島を北上、キエフでロシア正教に変り、モスクワを経てサンクト.ペテルスブルク、すなわち北海に通ずる南北の道−“イコンの道”−を立体的かつ鳥瞰図的にとらえたものである。 |
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